2007年02月21日

今思い出してもぞっとする。

 わたりとりさんの記事を読んで書きたくなった。TB先の記事とは本題が異なるが、あの東海村の臨界事故のときのコト。

 そうか、あれは大学四年のときの事だったのか。記憶が残っている間に、そのとき自分の見たこと、考えたことを記録しておこう。


 最初にあの事故を知ったのは授業が終わり、家に帰って点けたTVのニュースだった。
 「臨界事故」
 と聞いて、耳を疑った。聞いたことの無い事故の名前。放射能漏れとか、原発が緊急停止とか、そんなものじゃない。
 「は?臨界?」
 原子力については、大学の授業でも習った。原発の大雑把な構造だって知ってる。大体、僕がエンジニアになる最初の入り口は、原発問題だったのだ。臨界と聞けば、高校の頃から何を意味していたかわかっていた。
 しかし、それと「事故」とは、すぐに結びつくものではない。大体、原子力発電では、発電中は臨界状態を保つものだ。いわば正常な状態。だから、「なんで事故?」というのが最初に思ったこと。

 事故は、原子炉の燃料工場で起きていた。

 これもまたにわかには信じられない話だった。大体、原子力関連のものは、やたら安全に気を使って、設計レベルから安全なものに仕立て上げるものだ。燃料工場が発電中の原子炉の中と同じになってしまうような、そんな恐ろしい事故に、簡単になるものではない。

 しかし、その最悪の事故だった。

 続報で、「作業員重症。『青白い光が見えた。』」との報が流れて、肝が縮んだ。

 原子力で、「青白い光」といったら、あれしか思い浮かばない。本当に、「臨界事故」は起きていたのだ。

 作業員重症、とのことだったが、この光を目の前で見たのなら、おそらくこの人たちは助からないだろうな、と思った。Wikipediaによると、被爆量は推定で17シーベルト、10シーベルトとのこと。致死量は4シーベルトといわれているので、これだけ被爆しながら、80日以上も生きていた、しかも、現場にいた3人のうち1人は生き長らえ、退院するまでに至ったのは医療技術の進歩によるものか・・・とも思う。しかし、このことを考えるときは、当時も今も、胸をわしづかみにされるような思いがする。

 そして、不安になった。
 「この臨界状態は、いつまで維持されるのか?」
 臨界というのは、核分裂反応が一定の割合に保たれている状態で、原子炉の場合は、制御棒を使ってコントロールする。この臨界状態を超えて核分裂反応が連鎖的に増加していくのが核爆発だ。僕はこれを恐れた。しかし、核爆発にいたる連鎖反応は急激に増大するので、爆発するなら短時間で起きる。時間が経つにつれて、この心配は薄れていった。

 しばらくして続報が入った。
 「消防車が現場に向かっている。」
 うお、ちょっとまて。水かけて消えるわけないし、近づいたら消防士が被爆して死んでしまう。誰か止めろ。っていうか、止めろって進言するには、どこに電話したらいい?(←回線が混むからしちゃだめだって。)
 とやきもきしていると、その10分後くらいだったろうか?消防車は現場に行かず、どこかで待機している、との続報が入り、ほっとした。

 最初にニュースを見てから何時間後だろうか。事故の概要が報道された。燃料の原料を混ぜる容器の外側の冷却水が中性子を反射し、臨界状態が続いているとのこと。
 状況が分かり、爆発の心配が無いことに安心した。しかし、この状態をほぼ的確に示すであろう一つの言葉が脳裏によぎり、離れなくなった。

 「裸の原子炉」

 もちろん、報道ではこのフレーズは出てこない。(後日、週刊誌の類ではこのフレーズが出てきたような覚えがある。)恐怖心を煽り、パニックになるかもしれない。現在進行形で起きている事故の最中には、思いついても口に出せないフレーズだった。

 実家から電話がかかってきた。「大丈夫か?」と。
 答えはもちろん、「大丈夫。ここまでは被害が及ぶことは無い。」
 当時茨城県内にいたとはいえ、事故現場からは十分離れているので、仮に爆発したとしても、重大な影響は考えられない。そう伝えて安心させた。

 やがてJCOの中堅社員(中間管理職だったか?)によって“決死隊”(確かそう報道された気がする。気のせいかもしれない。)が組まれ、臨界状態を止める為の作業を行うとのニュースが流れた。思わず、「社長が行きやがれ、ばかやろう。」と心の中で毒づいたのを覚えている。
 そして翌朝には、事故は収束した。
 この事故を終わらせた関係者の努力と行動には、深く敬意を表したい。

 以上が、僕の主観に基づくあの事故の記憶。認識違いもあるだろうから、客観的な資料が欲しい人は、原子力百科事典の資料を読んでください。


 さて、わたりとりさんの記事
もし掲示板の流れが「すぐ避難するべきだ」に傾くなら、私はROM専から降りて、「落ち着いて、信頼できる機関からの情報を待つべきだ」と意見を書き込もうと思った。しかし他の書き込み者から同様の抑えがかかり、避難を勧めた書き込み者も、それ以上は勧めなかった。

 想定外の事故だったせいで役所も何が適切な措置か良くわかっていなかったため、情報が出せなかった、というのが実際だったのだろうと思います。消防車が現場に行こうとしたりする混乱もあったことだし。
 実のところ、中性子が放出されていたので、事故現場近くに住む人は急いで現場から離れなければならなかった、というのが正解だったわけですが。(「数十キロ圏外へ」は大げさすぎ。実際に避難が必要だったのは事故現場から半径350m圏内の住民のみだった。)
 ただ、「即刻避難」の指示を出すのは、この場合無理だったろうなと。普通の原子力事故の場合、放射性物質との接触を避けるため、締め切った屋内で待機、が基本だし。大量の中性子なんて、普通の事故じゃない。何が起きたのか分からない状態では、やはり「待機」が基本だろうなと思います。
 何より、「避難した方がいい」という、行動を促すデマは、パニックに直結する危険な選択肢。下手をすれば放射線ではなく、パニックによる混乱で死者が出かねない。

 参考:JCO事故のような事故が起きた場合、どのように対処したらよいのですか。(原子力百科事典)

 公共機関の指示に関わらず、即時の行動が必要になるのは、地震、それに伴う津波の危険からの退避、洪水、地すべりなど、天災時、かつ、自分がその現場にいる場合、に限られるのだろうなと。

 人間が関わっている場合(公共施設における火事、有毒ガス漏れなど)は、基本的に指示待ちが良いのではないだろうか。特に誰かの行動に釣られて動く、というのは一番危険かも。でも911テロのときは、ビルから脱出しなければならなかったわけで、いや、難しいですね。ほんと。
posted by 海風 at 00:37| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月07日

お香の話

 先日、お寺のお坊さんからお香に関する話を聞く機会がありました。
 お香には全部で5種類あるそうです。

・塗香
 香木を微粉末にすりつぶしたもので、香木の純度100%の高級品。
 主にお坊さんが使うため、通常の仏具屋さんでは販売していないそうです。

・抹香
 お焼香の時に使われる顆粒状のお香。大勢で祈る際、線香だと不便なのでこの形にしているそうです。

・丸香
 お香の中では唯一、法事以外、お茶の席で使われる。色も形も正露丸そっくりだけど、大きさはその3倍くらいあるそうです。お茶を立てる炭のそばに置き、香らせるそう。

・線香
 皆さんご存知。家でお祈りをする際などに使いますね。

・板香
 線香を5,6本分板状に束ねたもの。これを1本1本分けると線香となる。沖縄ではこれがよく使われます。

 さて、なぜ祈る際、御香を焚くかということですが、じつはこれ、祈る人のためなのだそうです。
 「人の心というのは、いつも動いています。ころころ動くことから“こころ”というのだという説もあります。しかし、無くなった方のために祈る時に、そのようにころころと心が動く、『心此処に在らず』という状態では具合が悪いのです。そこで、お香を焚いて、良い香りをかぐ事で心を落ち着かせ、静かに祈る。これがお香の役割なのです。」
 とのこと。

 これから祈る際は、きちんとお香の香りをかいで、心静かに手を合わせたいと思いました。
posted by 海風 at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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